バンクーバーに移住してかれこれ14年。ひょんなことから、パティシエになりました。日々のできごと、料理、もちろん、スィーツの紹介。


by ralamartin
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カテゴリ:私の事( 22 )

私の事 23

ある日、PホテルのペーストリーシェフのHさんから電話があり・・・

ワタシの携帯に

「時間があったら、今日中に連絡をください。」

とボイスメッセージが残っていました。

「何だろ?」

と思いながら、指定の電話番号に電話をすると

Hさん: やー、久しぶり?元気にしてた?今度ね、アメリカのシカゴでCulinary Olympic (料理のオリンピック、コンクール)があるんだけどね・・・。うちのスタッフのAがTeam Canadaのペーストリーシェフとして参加するんだけど、彼、サポート・メンバーを探してるのね。それで、君、どうかなと思って。


ワタシ:えっ?そんな、とんでもないです!ワタシみたいな、なんちゃってパティシエは、そんな知識もないですし、無理です!でも、そのコンクール、いつなんですか?(←興味はある)

Hさん:君、何言ってるの~!この前の、カルガリーのチョコレートコンペティションで作ったようなケーキを作ってくれるだけでいいんだよ。あれ、すごく良かったよ~。コンクールの日にちは5月のXX日。




5月のXX日・・・えっ?あと2ヶ月しかないやんけー!耳を疑いました・・・まさか、今年の5月XX日じゃないよね~。




ワタシ:えっ?来年の5月XX日ですか?

Hさん:んー、2ヵ月後の5月XX日。



Culinary Olympicなんだから、もっと時間をかけてやるのかと思いきや、2ヶ月後だそうな・・・。




ワタシ:でも、Culinary Olympicですよね?こういうのは、すごく前から準備してるものじゃないんですか?

Hさん:そうなんだけど、行くはずの人がTeam Canadaのマネージャーと喧嘩しちゃって、いけなくなったから、うちのAにその大役が廻ってきたんだよね~。だから、彼も忙しくしてんの。君にとっては、すごく勉強になるから、こういう経験はしておいた方がいいと思うよ~。でも、やるって決める前に、旦那さんや上司にこれは、Commitment(大事な約束とか義務)だから、ちゃんと了解はもらって。



いきなりのことで、舞い上がってました・・・。

どうしたらいいのか、おろおろ・・・。

いきなり、国際的なコンクールで、メインのメンバーではないにしろ、サポートメンバーとしてのオファーがあり、シェフに助言を聞くと、

シェフ:いいじゃないか!会社のみんなも、メンバーもすごく喜ぶと思うよ!そして、君にとっても、いいチャンスだよ!会社ができることがあったら、全力を尽くしてサポートするよ!必要な食材があったら、いつでも言ってくれ!オーダーするから。


と、シェフは100%サポートしてくれました。

フレンチーも、ワタシの人生なので、ワタシの好きにしたらいいと言ってくれましたので、Team 
Canadaのペーストリー・シェフのAをヘルプする、サポートメンバーになることに決めました。


Hさんによると、もう一人、シュガー・フラワーの上手な女性がサポートメンバーとして来ると言ってました。


まずは、顔合わせをしようということになり、Pホテルへ行きました。

PホテルのA、つまり、Team CanadaのペーストリーシェフのAは、その2年前のQuady dessert competitionで、ワタシは彼を差し置いて、私が1位、彼は2位という因縁がありました・・・。こんなところで、一緒に働くことになろうとは・・・。

このコンクールでAが出場するカテゴリーは、Show pieceが1つずつ(シュガーとチョコレート)Gateauが2種類、Petit Fourが6種類、あと、Plated dessert4種類でした。

役割分担で、ワタシはGateau2種類を作る。HさんがPetit Four と Show piece, シュガーフラワーを作るのが上手なSさんはHさんのヘルプで、Sugar show pieceの担当。AはチョコレートのShow pieceとPlated dessert担当でした。

Team Canadaがコンペティションのテーマを “ジャズ” と決めていたので、ジャズにちなんだケーキを作ることとなりました。ピアノとギターのケーキを作ろう!ということになり、その日から、試作、試作の連続です。

作ってはPホテルに持って行き、批評をしてもらいます。ここをもっとこうしたらいいんじゃないかとか、味とか、もっとこうしたらいいんじゃないかとか・・・。

楽しかったな~。いろいろ批判しあいながら、みんなでいいものを作り上げていく!という一つの目標に向かっていってたから、何を言われても嫌な気がしなかった。


コンクールへ行く前に、Team Canada全体で、コンクールへ行くための練習があるのですが・・・
そのときに、私達がそれぞれの持ち場のもの、例えば、ワタシはGateau(アントルメ:ケーキ)2種類、AはPlated dessert 4種類、HさんはPetit Fourを披露するのですが・・・ワタシの作ったGateau(ケーキ)が、色が真っ赤なピアノのケーキだったのですが・・・それが、カラフルすぎてTeam Canadaのマネージャーはお気に召さない様子。あと、ギターもショッキングピンクのCake Wall・・・。とにかく、カラフルなのが嫌らしい・・・。でも、お菓子って、それも、こんなコンクールだし、楽しくやらんとなぁ~!とワタシ的には思うのですが・・・彼らは、茶色とかのオーソドックスなのにしろって言うわけ・・・・。でも・・・そんなの、華やかじゃないじゃんか!

自分の信念と組織との戦い・・・ははは!

続く・・・

 
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by ralamartin | 2010-01-09 14:08 | 私の事

私の事 22

バンクーバー国際空港から・・・

カルガリー空港に

ものの1時間くらいでしょうか・・・

で到着しました。

Baggage Clame Areaで待っていると・・・

私の荷物がすぐに来ましたが・・・

なぜか、赤色のものが染みてました・・・

“もしや・・・”

と思って、急いでカバンを引き上げて、中を見ると・・・・

コンペティション用のラズベリーピューレーが漏れてる!!!

ちゃんとラップもして、袋も二重にして入れたのに・・・

甘かった・・・・

服とかは無事でしたが・・・

肝心の電子計りが・・・

もし、ラズベリーピューレーが中に入ったら・・・使い物にならない!

急いでスイッチをオンにしてみると、しっかり動きました!ふぅ042.gif

タクシーに乗って、まずはホテルに行き、チェックインをして、荷物を置きにいきました。

その後、コンペティション用のケーキを作るために、キッチンを使わせていただくことになっていた、Calgary Petroleum Clubに行きました。ここのクラブは、うちの職場のクラブとAffiliate (提携)していて、うちのシェフがこのクラブのシェフと連絡を取ってくれ、ペーストリーキッチンを使わせてもらえるよう、手配をしておいてくれたのです!ここのシェフは女性で、恰幅の良い姉御肌タイプの方でした。“自分の仕事場と思って、思う存分使ってちょうだいよ!今夜は何か仕込みをするの?もし、良かったら、どっか一緒に食べに行こうか?カルガリーの美味しいところをしょうかいするわ~。”とおっしゃってくださいました。その日は、そんなにすることも無かったので、“もちろんです!”と言って、とある、オープンしたばかりのレストランへ連れて行ってくださいました。あまり覚えてないですが・・・(コンペティションのことで頭がいっぱいだったので・・・)。
翌日、仕込み開始・・・。ここの職場の人たちも、皆さんとても気さくな人たちで、“必要なものがあったら、いつでも言ってください。”とおっしゃってくださいました。この日は朝は忙しいようだったので、昼の1時からペーストリー・キッチンを使ってもいいということだったので、1時ごろに行きました。仕込みも予定通りに済まし、ホテルに帰りしっかり休息をとりました。その翌日は、朝は誰もペーストリーキッチンを使わないというので、朝から早めに行き、ケーキを組み立て、冷凍庫に保存。次の日のコンペティションの当日は朝の3時頃にPetroleum Clubに行き、ケーキの仕上げをするつもりだったので、この日は早めに切り上げました。
ホテルに戻り、シャワーを浴び、少し睡眠をとって、夜中の3時に、また、Petroleum Clubに舞い戻りました。ケーキの仕上げをし、グレーズ(つやだし)をパーフェクトにかけ、ガーニッシュは会場で盛り付けるという段取りをつけました。そこのオットーさんという、ペーストリーシェフが、“当日はどうやって、コンペティション会場に行くんだい?”と言われるので、“タクシーで行こうと思ってます。”と言うと、“それじゃあ、たいへんだから、ボクが送っていくよ。”と、こんなよそ者の私にやさしい言葉をかけてくれるではないですか!・・・なので、お言葉に甘えてコンペティション会場に送っていただきました。朝の6時半頃に迎えに来てくれて、いろいろ、ケーキやガーニッシュの荷物を積んで、会場のSAIT(South Alberta Institute of Technology)というコミュニティーカレッジへ向かいました。私が出たコンペティションのカテゴリーはガトー(ケーキ)という、2種類のケーキを作るもので・・・ケーキ二個と言えども、ガーニッシュとかお皿とか、テーブルクロスとか持っていくと・・・すごい量の荷物になりました。“シェフ・オットーに送ってもらってよかった~。”と大大大感謝をしました!
会場に着くと、すでに何人かのコンペティターが来ていました。“うわー、みんな、すごいなー・・・。”と思いつつも、自分のコンペティション用のガトーを置いていきました。今回は、テーブルクロスとかもちゃんと用意して行きました。
セッティングをし終わった状態・・・
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これは、Pear Opera Cake
普通、オペラケーキと言えば・・・コーヒーとチョコレート味のレイヤーのケーキですが・・・洋梨で作りたかったので、チョコレートとキャラメル味の組み合わせでいきました。なので、ケーキの上に、甘さを切るためにFleur de Sel(フランスの天然塩)をのせました。
シナモン、クローブやバニラでPoach した洋梨を層にした、オペラケーキ。
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そして、これが、某パティシエ氏から、ボロカス言われたSakuraというケーキです。
日本の春をイメージして作りました。
桜の花びらをホワイトチョコレートで作り、真ん中の黄色いのはレモンの皮を薄く削いだものです。
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ホワイトチョコレートムース、ミルクチョコレートムース、柚子カード(Yuzu Curd)、抹茶ケーキ、さくらんぼのクリームブルレ、ブラウニーとクランチーベースです。この、層に作るのが意外に手間がかかるのです・・・。一回一回、作って、凍らして、また違う味のムースを作って冷やす・・・そしてケーキをつけ・・・冷やし・・・・と一回一回の作業・・・。
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このコンペティションの私のカテゴリーは5人くらいしか出ておらず・・・

でも、一応、1位になり・・・賞金をもらいました。いくらかは忘れましたが・・・。賞金目当てで行ってないので覚えてないのです・・・。(汗)

規模の小さいコンペティションでしたが、会社にホテル代とか航空券代も出してもらったので、勝たないと申し訳ないと思ったので・・・そして、毎度・・・行く前から、シェフとかそのほかのボスがメンバーに、“Fumiがコンペティションでカルガリーに行く!”と言いふらすので・・・メンバーのみなさんとかに“がんばって!”と言われて・・・すごいプレッシャーでした・・・。負けても別になんとも思われないと思いますが・・・プライドの高い私は・・・一人でプレッシャーを背負ってました・・・。とにかく、勝ててよかった・・・という安堵感の方が大きかったと思います。
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バンクーバーに戻り
PホテルのHさんに結果を報告しました。
”よかったね~。おめでとう!君の努力の結晶だよ。”
と言って下さいました。
“でも、あの時、落ち込んでた私をここまで引き出してくださってありがとうございます。Hさんが居なかったら、このコンペティション自体もいけなかったと思います。本当にありがとうございました。”
と言うと、
“僕は何もしてないよ。あなたが全部やったんだから。よかった、よかった。”
と自分の事のように喜んでくださいました。人格者だなあと感心しました。この方、世界的なコンクールにも多々でていらして・・・この業界ではかなり有名な方なのですが・・・次の世代のパティシエを育てるのに頑張っていらっしゃいました。なので、あんなに親身になって、いろいろ意見を言ってくださったのです。こういう方が、このときに私の近くにいらしたということは、本当に感謝すべきだと、今でもつくづく思います。

それから1年後に・・・また、このHさんから、電話があり・・・次のレベルのコンクールへの経験するチャンスを頂くのです!チャンスは、ホントに、どこに転がっているか分からないものです!

つづく・・・
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by ralamartin | 2009-11-22 15:16 | 私の事

私の事 21

PホテルのペーストリーシェフのHさんが、電話を入れて数時間後に、“仕事の帰りだから・・・”といって、わざわざ私の職場に来てくださいました。

自分の感情がすぐに顔に出る私・・・かなり落ち込んだ顔をして・・・
ワタシ:“OOO氏に、ボロカスに言われたんですよ・・・。柚子の味はイケてないとか、いろいろな味覚が入りすぎて、味が複雑すぎてダメだとか・・・。でも、私は納得いかないんです!これは、コンクール用のデザートです。普通のその辺のペーストリー・ショップで売っているようなケーキを作ってもしょうがないと思うんです・・・。味がうまく融合すれば、私はそれでいいと思うのですが・・・。すごい批判をしてくださいましたけど、これといって改善策を言ってくれるわけでもありませんでしたし・・・私としては、少し混乱してます・・・。”

というと、Hさんは優しく、

Hさん:”ボクは、味が合ってたら、いろいろな種類が入ったっていいと思うよ。・・・で、ケーキを食べさせてもらっていい?”

と。それで、ケーキをHさんに食べてもらいました。

Hさん:”味、僕はいいと思うよ。オペラケーキはガナッシュがすごく甘いから、レシピを変えたほうがいいね。軽いガナッシュの作り方知ってる?知らない?レシピをメールで送るよ。それから、バタークリームもせっかくのイタリアンメレンゲが死んでるから、もっとふわっとした仕上がりにしなさい。あと、味のバランスを考えて・・・なんか、酸味がいるな~。ラズベリージュレを真ん中に挟んだらどうかな。”

ワタシ:“あ、はい・・・ホントですか?・・・ありがとうございます・・・。・・・わかりました。”

Hさん:“これ、SAKURAって言うの?へぇ~、この柚子の味がいいね~。日本を思い出しちゃうよ~。これは、味の構成的なものは触らないでいいと思うけど・・・はっきり言ってゴメンね、ホワイトチョコレートムースが甘すぎる・・・もっと砂糖の量を減らした方がいい。あと、このホワイトチョコレートムース、もう少し味に変化があったほうがいいね。何か甘みを感じさせないために、リキュールを入れたほうがいいと思うよ、んー、例えばCointreau(オレンジのリキュール)とか。”

まさに、私が望んでいた、真のCritique(批評)ダス!ここは(まずいな)・・・と言うところは理由をつけてはっきりと言ってくれて、改善した方がいいところを具体的に述べてくれる・・・。頭ごなしに、“ダメだ!”とは言わないのです。どうしたら、もっと良くなるかだけ、助言をくれたのです。この日は、パティシエ氏にコテンパンにやられて、かなり凹んでいたワタシでしたが・・・、先に一筋の光が見えたような気がしたのでした・・・。

いつでも、速攻攻撃のワタシは、

ワタシ:”では、また、ケーキの試作を作るので、もう一回、見ていただけますか?今度は、丸々、コンクールに出すような状態で盛り付けをします!”

と言うと・・・

”よろしければ、いつでも。いつでもいいから、サンプルができたら連絡してください。”

とおっしゃっていただきました。


Hさんが、そうおっしゃってくださいましたので、単細胞のワタシは、心の中で

”なんやー、大丈夫やん!それなりに、イケとったやん!ヨッシャー!注意されたところをすぐに直して、また、サンプルを作るで~!”


と、また、鼻息を荒げ早速作り始めました。2日後くらいに、遠慮なく、図々しく・・・早速、Hさんに連絡をいれ、


ワタシ:“サンプル、できましたー!見ていただけますか?”


Hさん:“えっ?もう、できたの?頑張るね~。じゃあ、今日、仕事が終わってから行きます。ハイ。”

と仰ってくれました。


4時ごろ、今度は、部下を2人ほど連れて、来てくださいました。その中の一人に、その前の年にQuady dessert Competitionで下したAさんも来ました。挨拶もそこそこ、Hさんは、部下の2人にワタシのデザートがどうか聞きます・・・。多分、自分一人の意見だけじゃなくて、他の人のも聞いたほうがいいよという、Hさんの配慮だったと思います。部下の人たち一人一人、どう思うかCritiqueをしてくれました。グレーズがShinyじゃないとか、Poached Pearをもっと白い色にしたほうがいいとか、その他いろいろ。

Hさん:“でも、直した方がいいって言ったところはきちんと直してるし、味に関してはほぼいい線いってると思うよ。あとは、盛り付けにチョコレートガーニッシュとか、もっと、シンプルでエレガントなものにしたほうがいいね。”

またまた、速攻攻撃で、

ワタシ:”もう一回、試作作るので、見てもらえますか?”

Hさん:“えー!でも、あんまり日にちがないけど、そんなの作っている暇あるの?僕は大丈夫だけど・・・”

と、またまた、強引に約束を取り付けたのでした。

最後のサンプルでは、OKサインがでて、SAKURAをもっと、手の込んだものに見せられるように、ホワイトチョコレートのモデリング・チョコレートで桜の花を何個かサンプル用に作って持ってきてくださいました。

Hさん:“いや~、こんな桜、どうかなぁ~と思って・作ってみたんだ・・。モデリングチョコレート、あげるから、よかったら、作ってみて。”

と仰っていただきました。

作り方を教わって、早速何個か作りました。


最終調整をし、カルガリーへ一人で向かいました。

またまた、孤独な戦い・・・。

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でも、これでいいのだ~!

コンペティション用に、たくさんのチョコレートやケーキ用の色々な材料・・・そして、野心を詰めて、いざ出陣!

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つづく・・・

Fumi
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by ralamartin | 2009-11-15 15:50 | 私の事

私の事 20

予想に反してQuady Winery Dessert Competitionで優勝し、パティシエ女になる決意を固め、もっとコンクールとかで自分を試したいと思い始めました。その翌月、BC Chef Associationの主催で、Cold Show のコンクールがBC Placeであり、調子に乗った私は、早速、それに応募しました。当日まで1ヶ月しかないと言うのに、“大丈夫、大丈夫~”と軽い気持ちで応募しました。この、コンペティションは、味が重要なのではなく・・・、なので、ジャッジによるテイスティングとかもありませんでした。要は、見た目で、8時間外に置きっぱなしにする、食べるデザートではなく、いわゆる“Show” 見せるためのものを作ると言うもので、ゼラチンで固めまくるデザートです。私の説明で理解できるかどうかわかりませんが・・・とにかく食べるためのものではなく、見せるためのものなので、例えばムースとかもゼラチンでガンガンに固めないと普通に食べるように作ると、1時間2時間もしたら、ふにゃふにゃになってとろけるので、それを防ぐために、ムースを何時間たってもより新鮮に見えるように、ゼラチンやグレーズを使って作らないといけません。これは、意外とそれなりのテクニックなりレシピなりがいるので、私がそのようなコンクールに出た事は無謀でした・・・。正式な洋菓子のトレーニングがあったわけでもなく、どこかの大きなホテルでMentor(助言者、師匠)と働いているわけでもなく、本だけを頼りに、一匹狼でやってきましたから、やはり、経験と適切な導きが無く・・・ボロボロに負けました・・・。この、Competitionでは、4種類のShow用のデザートを作るものでした。ふと周りを見ると、大きなホテルからたくさん来ていらっしゃいました。Cold Showのコンペティションだったので、デザートだけ出なく、料理のほうもたくさん出展されてましたが・・・・みなさん、自分たちのShow Table を彩るため、素敵なテーブルクロスや、デコレーションや、すごい豪華なプレートで10人くらい引き連れて、より完璧に近い状態で仕上げていらっしゃいました。・・・私はと言えば・・・何も考えてなかったので、テーブルクロスも持っていず・・・お皿とデザートだけ持っていっただけだったので・・・“しまった!”と正直思いました。もっと、下調べをしておくんだった・・・と・・・。フレンチーが外で待っていたので、“職場まで、車を走らせて!テーブルクロスを取りにいく!みんな、用意がすごいねん!”とけしかけ・・・大急ぎで職場まで走り、テーブルクロスを取りに行きました。それでも・・・どこをどう見ても、私のテーブルは色気も飾り気もなく、魅力のあるものでは、まったくありませんでした!勉強不足です・・・。作るだけじゃなくて、自分のShowをプロデュースせなアカンねや・・・!もう、コテンパンですよ・・・。もー、Quady Competition で優勝して天にも昇るような気持ちでいたのですが・・・これにより、おいしいものだけ作っててもダメ、こういうコンクールもあるということ、そしてもっとプランを立ててコンクールには挑まないとだめだということ、自分の未熟さを散々とみせつけられたのでした・・・。天からいきなり奈落の底でしたよ~。穴があったら隠れたいくらい恥ずかしかった・・・。でもね、ここで引き下がる、おFumiではございません!“自分自身と自分の作品は未熟で恥ずかしいものだったけど、それはそれで、自分に足りないものを学べた貴重な機会だったじゃんか!”と思ったのです。次のコンクールでは、もっとテーマを決めてデザートテーブルを作る、ちゃんと自分でテーブルクロスを持っていって、デコレーションとかもちゃんと用意して行くというのを学んだのです。

私は、常に、嫌な事とかつらい事が起こっても、“これには、絶対に、何か意味がある!”と思っているのです。プライドの高い私には、この経験は結構つらかったですけど、今までに経験した事の無かった、パティシエ女になるための“気づき”を与えてくれたのです!

この、屈辱・・・経験から学んだ事を生かしたいと思い、次なるCompetitionを探しますが・・・なかなか見つかりません・・・。カナダはアメリカほどそういうコンクールとかが盛んではないのです・・・。でも、1つ、その翌年の2月にアルバータ州カルガリーで開催される、Lindts Chocolate Competitionをサイトでみつけました。“ちっと遠いけど、これしか、まともなコンペティションは見当たらない。これ、応募しよう!”と思い、即、応募。その頃、シェフ・ロングは私が勤めているところのCEOに大出世され、スーシェフのジェーソンがシェフに昇格されました。シェフ・ジェーソンに、“今度、カルガリーである、Lindt Chocolate Competition に出ようと考えているんですけど・・・いいでしょうか?”と聞くと、“もちろん、いいよ。”とすんなり、了解を得ました。材料はやはり、Lindtsのチョコレートを使わないといけなかったので、早速、オーダーしてもらいました。私が出るカテゴリーは、“Gateau”で要するにケーキのアントルメを2種類作るというものでした。デザインや味のバランスとかを考えて、試作を作りはじめました。で、私にはお菓子のMentor(助言者、師匠)がいないので、面識のある、ある有名なパティシエ氏にCritiqueをしていただけるようにお願いをしました。快く引き受けてくださったので、早速サンプルを作って、彼のお店にお邪魔しました。朝10時にと言うことだったので、時間より10分前に行きました。お店に行くと、シェフはお客様とお話をされていました。“そこに座って待ってて・・・。”と言われたので、待ってました。でも・・・待てど暮らせどそのお客さんは帰りません。約1時間ほど待たされて・・・ようやくCritiqueをいただくため、私が作ってきた2種類のサンプルケーキを見せました。まず最初に言われたことが、“サイズが大きすぎる!”でした。それは、私も同感したので、“そうですね。分かりました。小さいサイズに変えます。” で、一番大事な味の批評ですが・・・・ボロカス言われました・・・。2種類のケーキを作り、一つは秋・冬のフルーツで、スパイスを使ったオペラケーキ。もう一つは、私の愛する祖国の春をイメージしたSAKURAというケーキで、柚子ホワイトチョコレートムースを基調にしたものです。このSAKURAを食べたとき、このシェフは、“これは、何のシトラスの味だ?柚子?変な味だ・・・。こういうのはあんまり・・・だよねぇ。個人的な好みにもよるし・・・これはおいしくないよ。・・・” この後も、ネチネチと、“これは、不味いよ。色々な味覚が入りすぎてるし、味が複雑すぎる。”と言われました。洋ナシとスパイスのオペラケーキもボロカスに言われ・・・。最後には、“オレは忙しいんだ。早く帰ってくれ。”とまで言われて・・・。あんたに、1時間も待たされて、その言い草はなんやねん!一発言いたかったけど・・・それよりも、どうしてあんなボロカス言うのか・・・それが納得いきませんでした。批評をしてくれるのはいいのです、そのために行ってるのですから・・・。でも、私としては、批評をベースにボロカス言うて、“ここはこうしたら、もう少しよくなるんじゃないかな。”とか、ちょっとしたアドバイスが欲しかったのです。でも、頭ごなしに、“こんなのはダメだ。絶対、ジャッジは好きじゃない!”みたいなことを断定的に言われて納得がいかなかったのです・・・。信頼していたパティシエ氏だったので、その人柄にガッカリさせられました。“この人は若いパティシエを育てたいとは思ってないな”、と
感じたのです。そんな人に頼った自分に腹がたって、頭をガックリとさせながら、職場に向かったのです・・・。仕事をしながら、頭によぎるのはさっきのパティシエ氏のネガティブな言葉ばかり・・・。“ダメだ。” “不味い。” “味が複雑すぎる。”・・・。でもでも!ガンコな私は納得がいかない!特に、日本に思いをはせ考案したSAKURAは特に私が力を入れていた作品!“柚子が不味いだと!このヤロー!この、繊細な味がわからんのか、おのれ!このまま引き下がれるか!”と思い始めたのです!“コイツ一人が、言っただけなのにそれを鵜呑みしたらアカン。違うペーストリーシェフに聞いたらええやん!その人にも不味いといわれたら、それまでじゃ!”と思い、別のペーストリーシェフに電話をしたのです。この、ペーストリーシェフは今後の私のパティシエ女としての人生に多大な影響を与えた人です。そして・・・私が勝手に言ってるだけですが・・・私のMentorと呼べる方です・・・。その人が、助け舟を出してくれました!

つづく・・・

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by ralamartin | 2009-11-14 14:50 | 私の事

私の事 19

Karl Schier Competitionで、念願の優勝を果たし、ゆっくり日曜日を過ごしたかったのですが・・・Quady Winery Dessert Competition が・・・まだあったのだ・・・。やっと、コンペティションが終わったと思ったら、もうひとつ・・・。もう、Karl Schier に全てをかけていた私としては、軽い気持ちで挑みました。シェフに言われたから・・・。でも、ベスト10には入りたいという変なプライドも出てきて・・・、気を抜くわけにもいきません!Karl Schier Competitionの翌日(日曜日)、デザートの仕上げをするために、朝の6時ごろに職場に行きました。かなり、前日のコンペティションで疲れていたので、半分寝ぼけながら“しょうがないな~”と思いながらやってました・・・。会場はNorth West Culinary Academy でした。Quady Dessert Competitonはジャッジ(判定員)が10人かなんかいて、展示用のデザートもあわせて、11皿作らないといけませんでした。私のデザートのDish outが13時かなんかだったと思います。うちのフレンチーにその会場まで送ってもらい、私一人で行きました。他のコンペティターはアシスタントやサポーターを連れてきたりしていたのですが・・・その頃の私は職場で孤立した存在だったので・・・アシスタントも居ず・・・唯一、言いだしっぺのシェフ・ロングが応援に駆けつけてくれました。・・・なので、ワタクシ、一匹狼で挑みましたヮ!今ふり返れば、自分の作ったものが恥ずかしい気がするんですけど・・・私が作ったのは、ドーム型のチョコレートムース、中にラベンダー・クリームブルレ、レモンカード、ベースにフィヤンティーヌのクランチーチョコと薄いオペラケーキを。ムースのボトムの周りに、ヘ-ゼルナッツ・ヌガティーンを適度に細かく刻んで付けました。やわらかいチョコレートムース、クリーム・ブルレと歯ざわりがいいクランチーなものを組み合わせました。この間、Chef Thomas Haas と シェフ・ロングの批評で、ラベンダーの味があまりしないと言う事で、もう少しラベンダーの味を強めにしました。デザートの盛り付けはシンプルにエレガントにいきたかったので、バラの花びらをつけ、ちょこっとチョコレートの(オヤジギャグじゃないっすよ~)ガーニッシュとアーストラリアの方のSea saltを少し散らしました。その横にQuady Winery で作られたElissiamというデザートワインで作ったPoached Pearの超薄切りをバラの花が舞っているような感覚でヒラヒラとお皿の上に置いていきました。デザートを出し終わって、帰る用意をしていると、ジャッジの人何人かが、“あの、ドーム型のデザートを作ったの、あなた?おいしかったわよ。”と言ってくれました。単細胞な私は、おいしいと言ってもらえるだけで有頂天になったのダス・・・。

この、Quady Dessert Competitionは、結果を1週間後か10日後かのワインフェスティバルのランチ・パーティーの後に発表するので、その日には何の発表もありませんでした。私自身はトップ10に入ってれば嬉しいなあくらいに思っていたので、優勝なんて考えてもいなかったのですが・・・うちのシェフが、“もしかしたら、いい線まで行くかもしれないぞ~、Fumi!”と言われ・・・そうなると、“そうかなあ・・・そうなったら、めっちゃ嬉しい!”と欲がでてきた私・・・。“味には自身があるけど・・・Culinary Olympic、ブリティッシュ・コロンビア州代表で出てる、PホテルのAさんもいるしな~、勝てる訳ないよね~。”と、ホントに自信はまるでありませんでした。“でも、もし、このCompetition で優勝したら・・・これは何かの導きや!私は覚悟を決める!パティシエとして、これから先、本格的にやっていく!”と、密かに心の中で決めておりました。そして、当日、ベスト10に入っていた私と他のコンペティターはコンペティションで作ったデザートのミニ版を、その結果発表の日に、作らないといけませんでした。それを、ランチのデザートで出して、その後、優勝者の発表です。特別賞から発表があり・・・次は3位・・・そして・・・この2位がPホテルのAさんなら、私にチャンスがあるかも!でも、2位でも上出来!とあれこれ考えていると、”2位は、PホテルのAさん!″と・・・。“嘘やん、嘘やん、そんな訳ないよな~、私が優勝な訳ないよな~!”と思っていると・・・“優勝は、OOOクラブののFumiさん!”とMCの人が言われて・・・今、思い出しても、感無量になります!私は、その場で泣き崩れました・・・。あの、PホテルのAさんを差し置いて、優勝するなんて!信じられませんでした。その頃の私はまだ、料理でやっていくと思っていたし、私はお菓子に関して何の教育も受けてなかったので、ものすごくコンプレックスがあったのです。でも、この、バンクーバーじゅうのパティシエが集まるコンクールで優勝した、自分の作ったものが認められたのが嬉しくて・・・。職場では、一人で熱くやっていたので、浮いてましたし、同士もいなかったし、サポートしてくれるのはもっぱらシェフだけだった・・・孤独でした・・・そんな事、目標があったから気にもしなかったけど、ちょっと悲しかった感情とかが、一気に湧き上がってきました。今、思うと、なんであんな泣いたのかと思うほど、ホントに嗚咽を吐きながら、“ぐぅぉーーーー!ガーガー。“と泣きじゃくりました。しばらくしゃべる事ができないくらい、嗚咽、嗚咽、嗚咽!あんな泣いたのは久しぶりでした・・・。もちろん、うれし泣きですよ~。Quady Winery のご主人とマダムが表彰してくださり、挙句の果てには慰められる始末・・・。“こんなに、喜んでもらえて、デザート・コンペティションのスポンサーをした甲斐があるってもんね。”とマダムから、やさしいお言葉を掛けていただきました・・・。

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この日から・・・

私は、

断固

パティシエ女として生きていく事に決めたのダス!

Fumi
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by ralamartin | 2009-11-13 13:26 | 私の事

私の事 18

初めてのウェディングケーキも作らせてもらい、今思えば恥ずかしいような出来栄えでしたが・・・お客様にも喜んでいただき、デザート・バッフェも満足していただけましたが・・・その頃の私の夢は、黒ズボンをはいたエグゼキュティブ・シェフ(総料理長)!それに一歩近づくため、きちんとしたシェフとしての教育をまた一から受けたかったため、バンクーバー・コミュニティーカレッジと言うところで、1年に一回、3年間(3回)のアプレンティスシップ・プログラムというコースを取って、トップの成績をとり、Karl Schier Competitionで優勝する!というのがその頃の私のビジョン、目標でありました。なので、Fairmont Vancouver Airport Hotelも辞めたので、この新しい職場に来て、やりがいのある仕事をしてても、シェフになるための勉強がしたかったのです。その、アプレンティスシップ・プログラムを取るには、会社と自分のコミットメントなので、お互いが承諾した上で、その職場のアプレンティス(見習い)と見なされ、シェフからサインをもらい、それをアプレンティス協会みたいなところに提出しなくてはいけないという、結構、シリアスな(まじめな)ものなのです・・・。なので、エグゼキュティブ・シェフのシェフ・ロングに、“あの~、アプレンティスシップ・プログラムの件はどうなってますか?”と聞きました。すると、“もう、書類は協会に送ってあるから・・・。”と・・・。“・・何の音沙汰もないんですけど・・・・。”というと、“じゃ、オレが協会に電話して聞いてあげるよ。一日、時間をくれ。”と言われ・・・次の日に、シェフが、“プロセスは済んだから、後は、協会の方から学校の授業の日程を送ってくるから、それを待ってくださいとのことだよ。”と言われました。そして・・・待つこと1ヶ月くらいかな・・・・3年分の私の授業日程が送られてきました。“ホンマ、3年、かかるねんや~・・・。”と思いながら、でも、それが決まりだからしょうがない。1年に一回、4週間ずつ行きましたよ~。何の授業が好きだったかって・・・やっぱり、ブッチャリング(肉を捌く)授業ですね~。牛や仔牛、ラム、豚のまるっぽを、“ここが、テンダーローインで、ここがリブ・アイ、ここがストリップ・ローインで・・・”と先生から説明を受けて、捌いていくのが好きでしたねえ~。肉好きですから・・・。あとは、実際に自分の料理を3コースで表現するのとか好きでしたね~。単細胞でお調子者、おとなしいけど目立ちたがり屋ですから、はりきって、できる限りのスキルを見せつけましたよ~。でも、それぐらいしないと目立たないですから。当初から強く高い目標をかかげていたため、毎年のアプレンティスプログラムのクラスでは1位の成績をとり、晴れて、Karl Schier Competitionに出られる権限をもらいました。先ほどから、何度かでてくる、このKarl Schier Competitionというのは、その年のアプレンティすシップ・プログラムで優秀だった生徒を10人集め、その中で最優秀アプレンティスを選ぶ、由緒正しいシェフのコンクールなのです。2005年の年明けに正式にBC Chef Association(ブリティッシュ・コロンビア州シェフ協会)から、Karl Schier Competitionに出場する手紙をいただき、私から了承の手紙を送りました。そのCompetition は2005年の3月始め頃だったと思いますがありました。そのために、本を見たり、読んだり、シュミレーションで3時間で3コース料理を作る練習をして、シェフたちに批評をお願いして、改善できるところは改善して万端の準備と心の準備をしていきました。Karl Schier Competitionの準備で鼻息を荒げていた私ですが、ある日、シェフ・ロングが、“Fumi,今度、バンクーバーで、デザート・コンペティションがあるんだ。出る人をThomas Haasが探しててさぁ~。出てみるか?”と言われて・・・無下にNOとも言えないので・・・私:“それって、いつですか?”と聞くと・・・なんとあの大事なKarl Schier Competiton の翌日ではないですか!“あの~、Karl Schier の翌日なんっすけど・・・。”と言うと、シェフ:“Fumiなら、大丈夫だよ~。出るだけでいいからさ~。普段、やってることをやればいいんだよ。ここに、サインして。ファックスで送るから。締め切りも近いんだ。”と半強制的にサインをさせられ・・・Quady Dessert Competitionという毎年、アメリカのQuady Winery主催のデザート・コンペティションにでることとなりました。でも、そのときの私の一番のプライオリティーはKarl Shier Competitionで優勝することだったので、デザートコンペティションのほうはどうでもよかったのですが・・・シェフが“Quady dessert Competitionのデザート、何にするか考えたか?Thomas(Thomas Haas:有名なパティシエ。アメリカでトップ10のパティシエにも選ばれたことがある人)に試食を頼んどいたから。明日、来るから。”と、また、急に、無理やり、勝手な予約を取ってくるので・・・こちらも大和女子、プライドがありますから、チョコレートムースにラベンダーのクリームブリュレ、レモンカードのフィリング、フィヤンティーヌのチョコフレークみたいなやつとオペラケーキを薄―く作って、ベースにしたのを作ったのを覚えてます。シェフもThomas Haasもいい批評をくれたのを覚えていますが・・・何度も言うように、このときの私はKarl Schier Competitionで頭がいっぱいでした。
いざ、当日、朝、6時半ごろから会場に行ったのを覚えてます。冷え込んで寒かったですけど、気は優勝に向けて熱かったので、もう、集中、集中です!3時間で3コース作るのもで・・・ブラック・ボックスと言って、箱の中に入っているものでコース料理を作れというもの。プロテイン系はMonk Fish(アンコウ)とかVenison(鹿)が入ってました。あとは・・・あまり覚えてないですが・・・チョコレートとか・・・そのほかの野菜が・・・。その、箱の中身を見た後、30分、時間がもらえて、メニューを作りました。そのときのメニュー。

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字が汚くて・・・もう、気は料理を作るほうへ行ってましたから・・・前が見えてないんですよね~

作戦としては・・・この辺が腹黒京都人、普通のコックの野郎達は、デザートが苦手なので、デザートで差をつけるのが一番いいと思ってました。でも、このコンペティションのジャッジ(判定員)の人たちは男性、そして3月と言えども寒い。なら、暖かいデザートでしょー!そして、男性のコックの好みのデザートは、ムースとかじゃなくて、どしっと、味のしっかりしたブレッド・プディング!でも、普通の食パンを使ったブレッドプディングじゃあ、おもしろみがないってもんで・・・作りましたよ~ブリオッシュ!一から手作りダス!ジャッジの人たちは私たちが作業をしているとき歩き回って、その仕事ぶりを見ていますから、イーストと小麦粉を使って何かをやってると、“おや?この子は何をしてるのかな?おー、パンでも作ってるのか?どれどれ、メニューは・・・おー、ブリオッシュ・ブレッド・プディングと書いてある・・・と言うことは、ブレッドプディングのために、わざわざブリオッシュを作ってるのか!これは、おもしろい!”ということになるのです。(←もう、妄想族ですな・・・ワタシ・・・)
作業をしている最中の写真がサイトから手に入りましたので、アップします!集中すると、ワタシ、アゴが出るのね・・・(恥)。いかり肩で頑張っております!カチカチやん!

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これは、ワタシが作ったアペタイザーです。まだまだ、甘いね~。Tower of Fennle and Monk Fish,Orange Butter Sauce and Basil Oilです。

メインコースやデザートも、昔はサイトでチェックできたのですが・・・4年も前のものなので、削除されてました・・・。
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このときのコンペティションのジャッジ(判定員)は、ChoppinoのPinoシェフと、North West Culinary School を運営されているクリストフ・シェフとあとバンックーバー・コミュニティー・カレッジのシェフ・インストラクターでした。Pinoシェフからは、“こんなことは言いたくないが、パーフェクトな出来だったよ。ラビオリのゆで具合も味もよかった。そして、デザートは最高だったよ。一つ批判をさせてもらえば、もっと食べたかったってことだよ。”と嬉しいことを言ってくれるではないですか!もう、ワタシは、このコンペティションで優勝しなくても、Pinoシェフのこの言葉だけで天にも昇る気持ちでした。

で・・・最後の審判が来ました・・・

10位の人から順に成績を発表していきます・・・5位くらいまできて・・・もうそろそろかな・・・でも、チャンスはある!と思いながら・・・待ちます“・・・3位・・・OOさん、2位・・・ウォーターフロント・ホテルのOOOさん・・・そして、優勝は、OOクラブのFumi OOO!” 思わず日本語で、“ヨッシャー~!”とガッツポーズ!これで、長年の目標が果たせた!ワタシの背の半分以上も丈がある、大きなトロフィーをもらいました。応援に来てくれた、シェフ・ロングやジェーソンもとっても喜んでくれました!やれやれ、これで終わった・・・と思いきや・・・Quady Dessert Competitionが翌日あるのを思い出しました・・・嗚呼~、疲れてんのに・・・明日も朝、早起きをして準備をしないといけない・・・。アチャーっと思いながら家路に着いたのでした。

つづく・・・


Fumi
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by ralamartin | 2009-11-12 13:46 | 私の事

私の事 17

バッフェ(ビュッフェ)と言えば・・・宴会のPlated dessertみたいに、一種類ではない・・・ケーキをやムースケーキやタルトを何種類も作らないといけない・・・他にフィンガーサイズのスィーツやプリンや色々・・・。“んーっ” と考えていると・・・シェフが、“今度の木曜日、あの、例の、今度クラブで結婚披露宴をする、ほら、君のデザートを気に入った、ウェディングのブライド(花嫁)とそのお母さんとグルーム(花婿)に、テイスティング・デザート・ビュッフェとして、ミニ・サンプルのデザートビュッフェをファーガソン・ルームでするように提案したら、とても喜んでたよ。簡単なものでいいんだ。Fumi,何か作ってくれるかなあ?” 私が熱い人間だと知っていたシェフは、ホントに上手く利用しました。仕事のことなら、絶対にNOと言わない私・・・“ハイ、作りますよ。どんなものがいいんでしょうか?”と聞くと、シェフが“彼らは、Individual(個別の)の2口くらいで食べられるような小さ目のデザートも入れて欲しいって言うんだ。君のティラミスもすごく気に入っていたし、ミニ・ティラミスと、ミニ・フルーツタルトとかあとピーカンパイも好きだと言ってたし・・・フルーツをマルティーニカップに入れたものや・・・なんでもいいよ。できる?” と言われ、“がんばりまっす!”と私。そうなったら、すぐに仕込みにかからないといけません。あと、2日くらいしかないんですから!タルトシェルを焼いたり、シュー皮を作ったり、ティラミスを仕込んだり、その二日間はいつもより早めに出勤し、この、サンプルのデザートバッフェの仕込みに終われました。レストランの仕事自体はFairmont時代に比べれば、ぜんぜん簡単だったので、そそくさとレストランの仕込みは終え、デザートバッフェの仕込みをしました。同じアプレンティスのコックが、“What is that bxxch trying to do!?(あの、アマ、何をしようとしてるんだ!)” と嫉妬心むき出しで怒ってたみたいですが・・・無視ーーー。だって、シェフからの指令だもん。で、縮小版サンプル・デザートバッフェの当日・・・約束の時間の・・・確か、1時半くらいだったかな・・・にファーガソン・ルームにデザートバッフェのセットアップをしました。花もクラブがひいきにしている花屋さんから、シェフが勝手にツケで買ってきて(笑)、テーブルクロスやら花で見栄え良くデザートバッフェを作りました。セッティングは、シェフと、そのころ昼のレストランのソース担当のシニア・クックのケビンと一緒にしました。サンプル・デザート・バッフェが出来て、下っ端の私たち(私とケビン)はそそくさとキッチンへ帰り・・・シェフがお客様に披露し、説明をされたのでした。お客様は・・・もちろん、大喜びで(だって、自分たちだけのためにそんなのしてくれたんですからねぇ~)、“ウェディングの日が待てない!” とおっしゃるほど、興奮して喜んでいらっしゃったとのことでした。それはそれで良かったのですが・・・シェフが “ブライドに、今、Fumiがウェディングケーキのコースを取ってるっていったら、ウェディングケーキも作って欲しいといってたよ!”と・・・。このシェフ、アイルランド人で・・・イギリス人と似たようなところがあるのですが・・・言う事が大げさなので・・・そしておしゃべりなので・・・こんなことをまたポロリと軽く言ってしまって・・・。ウェディングケーキ・・“・ウソやん・・・いきなりかいな・・・。コース終わったばっかりで、作ったことないねんけど・・・。”と内心、思いました。やっぱり、クラブの名もあるので、変なものはだせないので、“シェフ、ウェディングケーキ、作ってもいいですけど・・・作ったことが無いですし・・・お客様が満足できるようなものは作れないかもしれません。”と言いました。すると、“大丈夫、大丈夫。君がまだ、コースを終わったばかりで作ったことが無いのはあちらも知ってるから。でも、君の一生懸命さがデザートに出ていて、それが好きなんだと言っていたんだ。君の第一号のウェディングケーキを頼めるなんて光栄だと言っているよ。責任はオレがとるから。”と。この、シェフ、ホントに人をおだてるのが上手く・・・そして何より、このシェフの長所は自分のスタッフをテコでもサポートするところだと今でも思います。その言葉に負け、“オッシャァー!やるしかないじゃん!”といきり立ったのでした。不安だったけど、“一生懸命やって後悔が無いようにすればええやん、なんとかなる!”と思い、そのウェディングのためにケーキとデザートバッフェをDo my bestですることにしたのでした。
このカップルのウェディングは・・・すごかったです。とにかく、花の種類と質と豪華さに圧巻されました。私、OOOクラブに9年いますけど、あの花の豪華さに勝るウェディングはいまだに見ませんね。たくさんのお金持ちの人が毎年結婚披露宴をされますが、そしてゲストも200人とか250人とか大きなウェディングレセプションをされますが、このカップルのわりと小さ目の100人のウェディングなのに・・・花の量がそして質と種類は・・・何回も言いますけど凄かったです!花をデリバーするエレベーターがキッチンにあるのですが・・・花が止めどなくエレベーターから運ばれてくるのを見たのを覚えてます。ホントにEndless Flowerでござんした。そのとき、私も写真を撮ればよかったのですが・・・デザートバッフェの用意とウェディングケーキの用意で余裕がなく・・・その現場を写真に収めることができなかった・・・。残念。
ウェディングケーキも無事、作り終え・・・今見ると恥ずかしい・・・むっちゃ、初心者してる・・・
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2段のケーキで、確か・・・バニラ・スポンジケーキにバニラ・バタークリームとシンプルなものだったと思います。モスグリーンがお好きだということで・・・モスグリーン色のフォンダントをケーキにかぶせ、黄色、ピンク、緑のシュガーペーストのバラの花を作りました。
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この、シュガーペーストで作るバラの花、すごく時間がかかるんですよ~。なぜかというと・・・バラって花びらが多いので、それを一個一個作って、貼り付けて・・・という作業を繰り返し・・・休みの日も頑張って家で作ってたけっかなぁ~。懐かしい・・・。
デザートバッフェも無事に作り終え、このカップルもとても喜んでいらっしゃいました。後日、お花屋さんから私宛に花が届けられ・・・その頃、もう、前の夫とは別居をしていたので、彼からのはずもなく・・・・誰からだろ?と思っていたら・・・あの、ウェディングのカップルからメッセージつきで花が私に贈られてきたのでした。嬉しくなるような、お礼の言葉が述べてありました。この仕事、やってて、よかったな~!と実感した瞬間でございました。

でもでも・・・なぜか、デザートを作る人の方向に仕向けられているけど・・・私はクック。シェフになりたいのよ!と、急に思い出しました。アプレンティスシップ・プログラムもやらねば・・・。デザートなんてやってる場合じゃないよ!アプレンティス・シップ・プログラムの件、どうなってるのかシェフに乗り込んでいきました。

つづく・・・

Fumi
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by ralamartin | 2009-10-05 13:43 | 私の事

私の事 16

まんまと、シェフの罠にはまり・・・今まで作ったこともない、120人分のIndividual Tiramisu を作ることとなりました・・・。さすがのシェフも心配だったのか・・・“どうやってだすの?”と聞いてきました。“少し、時間をください。考えます。”と言いました。私が作ったことのあるティラミスは、正方形の浅い、大きなガラスの入れ物に入れる、ファミリースタイルの、少し柔らかめの、スムーズなティラミス。こっちでよく見かけるような、ゼラチンでがっちり固めたティラミスケーキではありません。そして、ティラミスにゼラチンなんて、邪道!と思っていたので(今でも思ってますダス)、やっぱり私がいつも使っているレシピを使うことにしましたが・・・家で食べるみたいにスプーンですくって、個人個人にお皿に乗せるわけにもいかないしなあ~見た目も悪いし・・・と思い、考えた挙句、“柔らかい生地だから、何か一個一個入れれる、入れ物に入れたらいいんやん!”と単純に思いました。たまたま、クラブには、マルティーニグラスの背が低くなったようなグラス、通称“Kyoto Glass"(←なんで、こう呼ぶのかは謎・・・)がありました。それにスポンジケーキのエスプレッソを浸したのと、マスカルポーネ・チーズのフィリングを層にして入れれば、見栄えもいいし、柔らかい生地のせいで形が崩れることを心配しなくてもいい・・・。ということで、このアイデアをシェフに言い、OKが出たのでそれでいくことになりました。デザートのガーニッシュも、ちゃんと作りましたよ。簡単なものですが、レースクッキー(薄い、レースの模様に見えるクッキー)とフルーツとスパゲッティーを油で揚げたものに粉糖をまぶしたものをティラミスに突き刺して。シンプルですが、なかなかうまくいったと思います。シェフも他のコックも、“これ、おいしいよ~!”と言ってくれたので、一安心。無事、ティラミスたちはお客様の胃の中に嫁入りを果たし・・・お客様からもおいしかったとお褒めのお言葉をいただき、任務終了を果たしたのでした。後で、シェフが “オレがFumiにティラミスを作らないといけない!と言ったとき、あれは半分冗談で言ってたんだよ。” だと・・・。彼は笑いながら言ってました。彼としては、半分冗談、でも半分は本気で・・・やってくれたらいいけど・・・やってくれなかったらそれでいいと思ってたと思います・・・でも、単細胞な私は頼まれると断れないタイプ(←借金の保証人以外はね!)なので、一人でいきり立って、鼻息を荒げながら“女に二言はありません!やります!” と鼻をフンフンと膨らましながら、一人で士気を挙げて盛り上がっていたのでしょう。ホントにやるとは思ってなかったみたいです・・・でも、やってくれたから、シェフとしては嬉しかったようですよ。一回、こうやってやってしまうと、今度からバンケットでティラミスのオーダーがきたら、なぜか私の仕事というふうになりました。でも、もう、褒められちゃったから、調子にのって、“次は何をしようかなぁ~。”と考えておりました。そのころ、うちのクラブでは、ウェディングの宴会をやり始めたころで、これから先もバンケットはウェディングを中心に売っていく方向にありました。多分、いいビジネスだと、そのころのアシスタント・ジェネラルマネージャーが提案したのでしょう。私がそのクラブで働き始めた年から、かなり力を入れて、ウェディングの宴会パーティーのバンケットを売ってました。ウェディングと言えば・・・やっぱ、ケーキじゃんか。クラブの仕事はFairmontに比べて、超ーーーー退屈だったので、私はこれを機会に何か学びたいなと思っていた頃でして・・・じゃあ、ウェディングケーキの作り方を学ぼう!と考えたのでした。思ったら、即、行動の私は、まずシェフに “6月の1ヶ月間、ウェディングケーキのコースをPICAで取りたいと思ってます。そのコースは毎週水曜日にあるので、水曜日にお休みが欲しいのですが・・・”と言うと、“それは、いいじゃないか!いいよ!がんばれよ!”と言って、すんなりOKをくれました。それで、すぐ、そのコースの申し込みをしました。クラスの内容は、主に、ガムペーストという砂糖で作った生地で、花の作り方を学ぶというもの。あと、フォンダントという、これまた、砂糖とジェラチンで作った生地でケーキをカバーするやり方を教わるもの。短い期間でのことなので、基本的なことだけ学びました。写真がどこかにあるはずなんだけど・・・多分、職場・・・また、次回にアップしよう!初めて作ったシュガー・フラワーとか、なつかしい・・・。そんなこんなで、クラブは私がウェディングケーキの技術を学ぶのは大賛成。私としても、チャレンジができてすごく嬉しかったです。学ぶだけじゃなくて、すぐに実践できる、つまりお客様に出せる機会がある!これはもってこいの話でしたよ、クラブだけじゃなく、なによりも私自身に。よそのホテルとかに勤めていたら、こういう機会はなかなか与えてもらえないと思います。コック間のお互いの競争心も激しいし、何よりも、もうすでにそれぞれのホテルには、パティシエがいらっしゃるので、一介のコックが横からそんなことに口を挟むなんて、言語道断!村八分に会いますよ~。でも、クラブはこれまでの何十年間か時間が止まったようなところだったので、あと、年を取っている人が多かったので、私のように野心とかがなく、ただ働いて給料とベネフィットをもらいに来てる人が多かったので、誰も、私がそんな勝手なことを猪突猛進でやってても、気にする人は居ませんでした。褒められたら、調子に乗って伸びるタイプの私は、そのティラミス以来、毎週火曜日にあったディナーバッフェのデザートの一部を、作らせてもらい始めました。お客さんの反応が見たかったのです。デザートバッフェの既製品のケーキの中に、私の手作りのデザートを参加させ、“みんな、何か気がついたかな。違いがわかるかな?”と遠くからお客さんの様子を眺めていたものです。みなさん、“ん?なんか、いつもとは違うものがあるぞ。なんだろう?”と、思っている感じでした。でも、意外に、カナダの人って慎重なんですよね。なかなか新しいものには手をつけない。気にはなっている様子ですが・・・今まであったものの方を食べるのです。だから、作ったものすべてなくなる日もあれば、残っている日もあり、ちょっとガッカリしたこともありました。でも、“手作りで、おいしいものを出し続けていたら、絶対に、いつかは分かってくれる!”という、強い信念があったので、周りの人にはちょっとバカにされましたが、懲りずに出し続けました。そうすると、ある日、今度の8月にうちのクラブで結婚披露宴をするというカップルと家族(イタリア系のユダヤ人)がそこでバッフェを食べられて、なぜか私の作ったデザートを気に入られ・・・特にティラミスがおいしかったと言ってくださり・・・アシスタント・ジェネラルマネージャー宛に “今度の私の結婚式のデザートバッフェが楽しみで仕方がないわ!”とE-mailをされたのでした!コックの私は日頃はデザートバッフェなんて・・・コックの仕事をしないといけないし・・・何より、そんな100人分のデザートバッフェなんて・・・期待されたって、作れるわけないよー!
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by ralamartin | 2009-10-04 14:50 | 私の事

私の事 15

新しい職場、OOOクラブ。キッチンで働いている人が、人生の大大大先輩みたいな人ばかりで、一瞬、引きましたが・・・また、お喋りの話題も、“あと、xx年で退職だ”とか、年金の話とか、RRSP(個人積み立て年金とでも訳すのでしょうか?)の話とか・・・私はその頃、まだ20代だったし、この業界に入ってまだ1年のピュア(?)なルーキーだったので、やる気満々で来ていたのですが・・・目が点になりました・・・がっ!とにかく、ここは腹を決めてやるしかない。まだ、始まったばっかりだし・・・・シェフ・ロングを信じて、この職場のポーテンシャルを考えるようにしました。シェフ・ロングに “何をすればいいですか?”と聞くと,“とりあえず、夜のシフトの人が来るまで、Tri(そこのGardmanger:冷たい前菜とかを扱う人)のカナッペを手伝って。”と言われて、Triのところに行くと・・・“別に、ヘルプはいらないけど~。まあ、これをお皿にこういうふうに置いていって。”と言われました。こんなことを言った彼女ですが・・・後日、最初は人見知りをする人なので、私をそっけなく扱ったのだと判明(ふぅ~)。でも、仕事だったのでそんなに気にしてなかったですけどね~。後で、あっちから“気を悪くしてたらゴメンね~。”とおっしゃったので・・・。やさしいですね。Tri のカナッペも終わり、シェフ・ロングが、私の持ち場を教えてくれました。それは、クラブのファインダイニング・レストランのDinnerの部のGardmangerでした。だから、冷たい前菜やデザートが担当。その頃、クラブはパティシエが居ず・・・2人のベーカリ、しかも彼らはパンだけ作ってました。私は、その頃はまだコックだったので、もちろん、コックとして採用されました。それまでの、クラブでのレストランのデザートメニューは、クレープ・シュゼットやバナナ・フランベやチェリー・ジュビリーなどの、お客様の前でウェイターが調理するというクラッシックなスタイルだったのですが・・・シェフ・ロングはもっと今風にしたいと思っていたらしく、私が基本的なデザートの技術があるというのを知っていたので、そこのセクションに配属されたのだと思います。さっきも書きましたが、その頃は私はコックだったので、“パティシエみたいにはできないと思いますよ。”といいましたが、“いいんだよ。レストランだけだから。そんなに忙しいレストランじゃないしね。大丈夫だよ。”と言われました。“あー、じゃあ・・・。” 仕事の一部としてやっていたので、それから、昔からお菓子作りはキライではなかったので、嫌とも何も思わずやってました。料理修行の一部として。その頃の私の信念は、“シェフは何でもできなアカン!料理はもちろん、デザートだって、パンだって、どんな知識も持っとかなな!”と。だから、もちろん、一生懸命、全力疾走!今、思い出すと・・・その頃のクラブは超~~~暇だったな~。宴会もそれほどなくて・・・。Fairmontでは絶対にありえなかった休憩ももらえるし、時間ちょうどに帰れるし・・・。正直、やることがない日も多々あって、“今日も暇やったら、嫌やな~。”と職場に行ってたのを思い出します。ある日、私をビックリさせることが起きました。クラブのスーシェフに、“レストランの仕込みの準備は終わったので、バンケット(宴会)のデザートをプレーティングしていったほうがいいですか?”と聞くと、“そうだね~。そうしてくれ。”と言われたので、“デザートのメニューが、ペアー・ムース(洋ナシのムース)とありますが・・・ムースはどこですか?”と聞きました。すると、スーシェフが、“下の冷凍庫。”と言うではありませんか!自分の耳を疑いました。“はい?ムースが冷凍庫に???”と私。スーシェフ、何食わぬ顔で、“そうだよ。” それで、下の冷凍庫に行きましたが、見つかりません。“見つからないんですけど・・・”と言うと、スーシェフが、“これくらいのサイズのダンボールの箱に入ってるんだよ。”パティシエが居ないのは知ってましたが・・・どこかのケーキショップから、オーダーして作ってもらっているとてっきり思っていた私は・・・・。冷凍のムースなんて見たことがなかったし・・・ここって、会員制のお金持ちさんのクラブやんねぇ~?ちょっと、これって、おかしくないかい?と思いました。クラブは、いわゆるメンバーの方々から毎月会費をいただき、運営が成り立ってます。もちろん、私たちのお給料もその中から支払われるのです。それで、メンバーに対して、この扱いはないだろ?っと、変なところで正義感が強くなった私。その時は、“これが、ここのやり方だから、今日のところはいいけど・・・。”・・・で、次の日、早速、シェフ・ロングに“冷凍のペアー・ムースは、ちょっと・・・おかしいと思います・・・。不味くはないですけど・・・悲しいですよー。お客さんが可愛そう・・・。” いつも直球型の私はそう言いました。シェフ・ロングは“そうだね。少しづつ、変えていこうとは思ってるんだ。でも、一気に物事を変えるのは良くないから、少しずつこれから変えていくからね。忍耐忍耐。”と言われました。でも・・・変なところで納得のいかない私。やっぱり、この職業をしてる限り、自分が食べたいものをお客様に出したいじゃんか!冷凍の既製品のムースなんか、食いたくねぇ~~~。だから、“私が作くれる範囲のものなら、私、作りますよ。自分が食べたくないものは出したくありません!”と言いました。そしたら、シェフは“そうだね。”とだけおっしゃいました。冷凍庫には、まだ10箱くらい、あの既製品の洋ナシのムースがありました。私、毎日、横目で睨んでおりました。“はよ、無くなれ!”と・・・。そして、ある日、120人のディナーの宴会があり、そこに、デザートメニューで、“ティラミス”と書いてありました。ティラミスはもちろん知ってましたが・・・これも、また、冷凍の既製品を使うのかなと思ってたら、シェフが “Fumi, えらいこっちゃ!120人のティラミスだって!君が作らないといけないよ!”と言われました。新人の、しかも、コックの私。ティラミスは家で食べるようには作ったことがあるけど・・・さすがに120人分はないぞー!とちょっと焦りましたが・・・そういえば、ついこの間、変な正義感のせいで、“作れるものがあったら、私、デザートつくります!自分が食べたくないものは出したくない!”と大口を叩いていたので、また、変なプライドが働き、“女に二言は無し。やりますよ!”と言いました。でも、心の中では、“どーやって、するの?やったことないし・・・。”自信ないくせに・・・。口だけは大きいから・・・。エライことになったゾ。

つづく
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Fumi
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by ralamartin | 2009-10-03 13:37 | 私の事

私の事 14

シェフ・ロングから、仕事のオファーの電話があり・・・折り返し電話をさせていただきました。もちろん、喜んで働かせていただきますが・・・アプレンティスシップ・プログラムをさせてもらえないのなら、私はこのオファーを辞退させていただくという旨を伝えました。それをやらないことには、Fairmontを辞めた意味が無いからです。とにかく、アプレンティスシップ・プログラムを終了させて、Karl Schier Competitionに出ることがその頃の私の目標でしたから・・・。シェフ・ロングは、“もちろん、君がやりたいことは何でもやれば良い。こっちが全面的にサポートする。”とのことでした。なので、“では、その話をお受けします。”と返事をしました。もちろん、そこの(新しい職場となるところの)ナンバー2(Assistant General Manager)と面接をしましたよっ。彼からも、すぐにOKがでたので、Fairmontを辞めてすぐに働くことになりました。FairmontのシェフのI には、もう仕事が決まったことを言いませんでした。アイツ、心が狭いから、また、嫉妬するだろーし。それは、面白くないでしょうけどねっ。だって、元Fairmontのシェフのところに移るんですからね。でも、私もわざとそういうことをしたんじゃなくて、たまたま、良いタイミングでそこの仕事に空きがあったので、あと私の仕事を認めてくれていたから、私はそこに行くことになったのです。
Fairmont の仕事も最終日。最後の日には、スーシェフのニールが夜の9時ごろになると、“Fumi, もう、仕事は終わらせていいよ。ここの、テーブルに座って、最後の夕食を食べなさい。”と言われました。キッチンに、テーブルと花、そしてワイングラスと、ナイフやフォークやらが、私の為にセッティングしてありました。こんなことをしてもらえると思ってもいなかった私は、“え?なんで?”と・・・。すると、ワインをワイングラスに注いでくれて、アペタイザーやメインコースを作ってServe してくれました。私は、ニールのリゾットが大好きだったので、今でもその味を覚えています。みんなの優しさに感謝した日でした・・・。みんな、良い野郎たちだったぜっ!
シェフ・ロングが勤める新しい職場に行く前に・・・変な噂を耳にしまして・・・と言うのは、その1年前まで、そこで働いていたと言う人が、“あそこは、マッシュド・ポテトは乾燥ポテトを使って作ってるし、オランデーズ・ソース(卵とバターで作るソース)も、パウダーのものを使ってる。ストック(出汁)もパウダーよ。”といわれ、“ゲゲゲゲ~~~~っ!”となった私。せっかく、ちゃんとしたところで、フランス式の厳しい修行を受けようと思っていたのに、全部、出来合いのものでやってるなんて・・・言語道断じゃ!これが本当の話なら、やっぱり、仕事はお断りさせてもらわないといけないと思い、シェフ・ロングに電話をしました。“ある人から聞いたのですが・・・OOOクラブは、オランデーズ・ソースを作るのに、パウダーを使ってらっしゃるんですか?デミグラス・ソースもパウダーだと聞きました。あと、マッシュドポテトも・・・。もし、それが本当なら、私は、せっかくですが、シェフの所では働けません。私の信念に反します。”と言うと、“誰が言ったか知らないが、それは、オレが来る前のことだ。前のシェフがむちゃくちゃをしてたらしい。今は、マッシュドポテトは、生のジャガイモを使ってるし、ソースも出汁もちゃんと仔牛の骨からとっている。オランデーズ・ソースもちゃんと作ってるよ。”とおっしゃいました。それでも、疑い深い私・・・“本当に、本当に、本当ですね。では、働かせていただきます。” うわーっ!今、思うと、態度がでけー、プライドが高い、生意気なアプレンティス(見習い)!でも、その時の私は、真剣だったので・・・この仕事に人生をかけてましたので・・・。
そうこうしてたら、私の新しい職場、OOOクラブの初日になりました。ここで・・・OOOクラブとは、会員制のソーシャル(ビジネスかな)クラブでして・・・いわゆる、お金持ちの方々の会員制のクラブでして、カナダにしては歴史は古く、1892年に設立されたようです。だから、由緒あるクラブです。なので、今まで勤めていたホテルとかレストランとかとはまた違うタイプの職場でした。初日、私は夜のシフトだったので、2時からだったのですが、初日だったので少し早めに行きまして、1時半くらいに、OOOクラブに行ったと思います。着いて、キッチンを見ると・・・その日は忙しかったようで、働いている人がウヨウヨいて・・・散らかってて・・・何を驚いたかって・・・働いている人がほとんど・・・白髪頭の人達・・・そう、爺様、婆様!髪の毛が白髪系!それまで、Fairmontだったので・・・こういう光景は見たことがなく・・・唖然としてしまいました。ホテルは若い子ばかりが働いていたので・・・私なんて、年増のババアの方だったのですが・・・ここでは、ぴちぴちのギャルやん!と思わず思ってしまいました。愛想を振舞って、“何年くらい働いてらっしゃるんですか?”と聞くと・・・”15年。”とか、“20年。”とか・・・はたまた″30年!”とか・・・。どうりで、頭の髪の毛、白いわなあ・・・と思いました。でも、“ってことは・・・皆こんなに長く働いてるってことは・・・ここは働きやすい、良い職場なんだ。”と思いました。みなさん、歳もとってらっしゃるせいか、優しくいろいろ教えてくれましたし、ぎすぎすした競争心もなく、のほほ~んとされていました。でも・・・・ここで、私は自分が望んでいるトレーニングが受けれるのか・・・

つづく・・・

Fumi
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by ralamartin | 2009-10-02 13:05 | 私の事